”ジングル



師が走ると書く12月は、5時を過ぎるともう外が真っ暗だ。
期末テスト1週間前という事もあって部活動もなく、たまたま5人揃っての帰宅の時に、乗っているバスの窓から外を見ていた遼が「あ」と声を出した。


「おう、どーした、遼」


さっきまで息を吐いて曇らせた窓に絵を描いていた秀がその声に気付き、後ろの席にいる彼に聞き返す。
遼は窓の外を指差した。


「あれ。凄い綺麗だなと思って」


大将の指差した先を隣にいた伸も、後ろの席にいた征士と当麻もつられて見た。


「お、電飾」

「電飾ってまたキミ、風情のない言い方を…」

「んじゃ何て言やぁいーんだよ」

「電飾……ライトアップか…?」

「”イルミネーション”」


そのままストレートに言った言葉を長兄に笑われ、椅子に乗り上げるようにして振り返った秀の視線の先で征士が真顔で考え込み、答えを上げてみる。
すると隣にいる当麻が表情を一切変えずに正解を出した。


「イル……イリュ、イリュミュ、…イルミュ、」

「イルミネーション、ね」


聞きなれない言葉をなぞろうとした遼だが、上手く口が回らず何度も失敗していると伸が隣で優しく言う。


「イルミネーションってーのか。すげーな。綺麗だな」

「…だがあんなに外に飾り付けをして大丈夫なものなのか?漏電したりはしないのだろうか…」

「しねぇよ。ちゃんと外に飾れるようにしてるって」


征士が尤もな心配を口にすれば、また当麻がすぐに答える。
その顔を秀が席を1つ飛ばしてマジマジと見返した。


「…なに」


その視線には気付いたのか、少し居心地悪そうに当麻が幼馴染を見返す。


「お前、詳しいなと思ってよ」

「俺が詳しくちゃ駄目なのか」

「そーゆー意味じゃねぇってば。何つーか、ふーん、って思っただけ」

「……デパートとか、イベント広場なんかで外にツリー飾ったりしてるだろ。アレが大丈夫なんだから大丈夫なんだよ」

「言われてみればそうだけど…」

「でも、イル何とかって俺、初めて聞いた」

「そうか?テレビ…で、も言ってるし」

「…”も”?」


案外普通の事だと言外に匂わせた当麻の言葉を、征士はしっかり聞いていた。

普段の当麻なら、こういう時は”テレビで言ってる”と言うか、それか他にも媒体があるのなら”テレビや雑誌なんかでも見かける”という事が多い。
それなのにどこか暈しながら言った。
珍しいことだと征士が何となしに食いつくと、当麻がちょっとバツが悪そうに眉間に皺を寄せたのを、今度は伸が見逃さなかった。


「なに?キミ、………若しかして、実はクリスマス、好きなの?」


年間行事の殆どに興味のない割りに、珍しい。
そう思いながら聞けば、やっぱり当麻の眉間の皺が更に深まった。


「……おう、何だ、とーまぁ。お前、好きなの?」


ニタニタと笑いながら秀が追い討ちをかけると、当麻はそんなんじゃないけど、と歯切れ悪くなり、しっかりと巻いたグレーのマフラーに口を埋もれさせて
ちらりと遼を見る。


「……なんだ?」


見られた遼は意味が解らず首を傾げて、5人の間に妙な沈黙が出来た。
視線は全て軍師に向いている。
それに耐え切れなくなった当麻が、諦めたように溜息を吐いた。


「…………俺が、じゃなくて………母さん…が、好きなんだよ…」



煌びやかな電飾が夜空を飾り、通りでは華やかな音楽が流れている。
デパートのショーウィンドウには必ずサンタが姿を見せ、幸せに浮かれた空気があちこちに溢れている中、広場に出れば大きなツリーが聳え立っている。

楽しいものが好きな当麻の母は、毎年ではないが息子が冬休みに入るとすぐにニューヨークの自宅に愛息子を呼び寄せて、クリスマスを過ごしていた。
どうせ父親も多忙なのだ。国内にいない事だってある。
いたとしても研究所に詰めていて気付きもしない。仕事漬けだ。
では特に仕事の予定が無い時はどこにいるのかというと、そういう場合は彼も元妻の元へ呼び寄せられ、紙の上では家族ではない家族が揃っている。
そして色々な場所を散策してイルミネーションを楽しんだり買い物に興じたりする。

何も悪いことではない。
だが当麻としては、遼の前で少し言いにくかった。

遼と当麻は育った場所は違えども、孤独に近かった環境は似ている。
全く同じではないが、似通った2人の違いの1つに、母親の存在があった。
遼の母はもう随分と前に亡くなっている。一方、当麻の母は数年前に家を出て行っているが今も健在で、息子との交流はある。そして元夫とも。
その事を遼がどうこうと言う事はないし、他者が勝手に意識する事でもないのは当麻だって解っているが、妙なところで優しさが出てしまう彼は、
こういう時に変な遠慮が出てしまう。

だがそういう気を遣われたと解っても、遼にもどうしようもなかった。
当麻が寂しがり屋だと言うのは知っているし(そしてあまり本人に面と向かって言ってはいけないことも)、冷たく見えて彼が実はとても優しいという事も
解っているのだが、それを気遣って、そして気遣っていない風に見せるだけの演技力も語彙も、遼は持ち合わせていない。
心はしっかりあるのだが、それを上手く伝えられないのだ。

誰が悪いのでもなければ、何かが悪いわけでもないのに、気まずい。


また間が出来る。
すると再びマフラーに口元を埋めてしまっていた当麻の隣で、征士が「私の家は、」と切り出した。


「…?」

「私の家はクリスマスだからと言って特別に何かをしたりはしなかったな」

「……………」


4人の目が、派手な容姿の若武者に集まる。
征士はいつもの乏しい表情のままだ。


「妹が”友達の家はサンタさんが来るのに!”と喚いてからは一応プレゼントは出るようになったが、それだけだな。ツリーはなかった。
庭の松の木なら雪を被っていたが、その程度だ。それにケーキも誕生日くらいだったし、……そうそう、クリスマスイブは何故か祖母が毎年、
南瓜の煮つけを作っていたな。それが美味しくて、下手をしたら祖父が全部食べてしまうので、密かに私もムキになった」


妹の物真似のつもりだろうか、そこだけ変に声を高くして早口になった征士は言い終えた後に漸く笑った。
それに素直に伸が笑う。


「ナニソレ、キミん家って言い難いけど、やっぱり変わり者ばっかりだよね」

「何を失礼な。特に何の面白みもない普通の家族だ」

「いや、その環境で育ってりゃ普通だろうケドよ、充分変だぜ。すげーウケる」


秀も便乗してくる。
山に近いルートを辿るバスの中は、他の学生の姿も少なく彼らの会話は遠慮がない。


「でもクリスマスつったらよ、うちも店がけっこー忙しいからマトモに祝ったことねーなぁ」

「え?キミんとこって中華料理屋でしょ?クリスマスにお客、そんなに来るの?」


伸が心底意外そうに言うと、秀はフンと鼻から息を吐き出して誇らしげに胸を反らした。


「俺ん家は有名店だぜ?そういう時の特別なディナーに選ぶお客様もいらっしゃるんだよ!」

「そりゃ失礼しました」

「おう。…まぁお陰でよぉ、俺んトコも征士んトコと一緒でプレゼントがあるだけで特に何もなかったなぁ……下の兄弟の世話してるか、
店の手伝いしてるかのどっちかで……飯も相変わらずだったし」

「そうなんだ」

「伸のトコは?征士んトコと同じで古い家なんだろ?どうだった?」

「うーん…僕のところは一応、クリスマスツリーはあったけど…」

「あったのか」

「あったね。でも食事もみんなと同じく、ってトコかな?」

「そうなん?でもケーキは食ってそうだけどな」

「まあね。ただねぇ……何ていうか僕んとこ、サンタはタブーだった」

「何で?…アレ?伸んトコって、ぶっきょーと?」

「そうじゃなくってさ、…ほら、日本家屋だから征士、解ると思うけど、煙突と暖炉がないでしょ」

「……………さてはお前、ゴネたな?」


似たような家屋で育ったから思い当たることがあるのか、征士が言うと伸がまた笑った。


「姉さんと揃ってね。サンタさんのために作って!って」

「そりゃ親も困ったことだろうな」

「だからタブーになったんだよ」


そうして3人がテンポよく言葉を飛ばしあって笑っていると、漸く遼が笑った。


「煙突で思い出したけど、俺のところ、サンタ来たよ」

「えぇ!?」


突然の言葉に、秀が間抜けな声を上げる。
その声の大きさに伸が軽く睨むと、首を竦めてもう一度遼を見た。


「え、サンタ?若しかして遼って、まだその………」

「あ、違う。サンタを信じてるとかじゃなくって…いや、信じてたんだけど…」

「”だけど”?どうした」

「その、俺の家って長野の山奥でさ、薪ストーブがあるんだ。だから煙突があって」

「うん」

「それもかなり大きいの。俺、そこからサンタが来ると思って期待してたら、…父さんが期待を裏切らないためにって…」

「え、なに。まさか薪ストーブの中から現れたの?」


煙突の構造はよく知らないが、高さがあることだけは解る伸は青褪めた。
歌詞に出てくる慌てんぼのサンタは足を滑らせて落ち、「アイタタ」という程度で済んでいるが、実際はそんなもので済むとは思えない。
現れたのかと聞いたが、若し本当にそうしたと言うのなら下手をすれば怪我をした状態で、しかも救急車を呼ばなければならない状況だったのかも知れない。
それは笑えないぞと頬を引き攣らせると、遼がソレを見て笑った。


「いや、屋根に上るために屋根裏の天窓から出たんだけど、その時に屋根の雪が派手に落ちてさ。それで俺、外に出て見上げて気付いちゃった」


アハハと笑っている彼に続いて秀が噴出す。
それから安心した伸も笑って、征士も肩を震わせて笑った。


「……………何やってんだよ、ホント」


そしてやっと、当麻も。


「俺もさ、自分でも呆れるくらいに勘が悪いくせに、そういう時だけ何かピンと来ちゃって、”父さーん、サンタはもういいからー!”って叫んだんだよ」

「その時のお父さんの気持ちを考えると居た堪れないよね」

「ああ。しかし家でそんな事をすれば、確実に後で母の説教が来るな」

「人の気持ちを考えなさい!ってか?おっかねぇ!でも俺ん家はサンタを理由に家の手伝いをもっとしろって言われたなー」

「それでも否定しないんだろ?ならまだ良いって。うちなんて、サンタは村にいるけど空は飛ばないとか現実を説明されたんだぞ」

「あー、…話でしか聞いた事ないけど、キミのお父さんってそうっぽいよね。…って、あ」


話に夢中になっていた伸が、突然遼の頭上に手を伸ばしてブザーを鳴らす。
降りるバス停が近付いていた。
上り坂の途中のカーブに差し掛かると疎らな乗客全員の身体が同じ方向に傾き、秀が窓に頭をぶつけるとそれをまたみんなで笑って、
残り少ない”今年”の過ごし方を相談し始めた。




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お互いに気を遣ってお互いに遠慮がない5人。
帰ったら多分、ナスティがツリーを出すから手伝ってって言います。