天高く馬肥ゆる
祝日と重なって出来た三連休の初日。
天気は快晴。
とてもとても気分のいい、朝の7時前。
「よっしゃー!飯前にちょっと遊びに行っちゃうぜー!」
「俺も行くよ!」
スウェット上下のまま元気よく飛び出して行ったのは秀。
それに続いて庭に出て行ったのは、同じくスウェット上下のままの遼だった。
「もうすぐ朝ご飯出来るんだからあまり遠くに行っちゃ駄目よ」
「あとあんまり汚して帰ってこないでよー!」
笑いながら言ったのはナスティで、つい小言が出たのは伸だった。
征士はそれをいつものように普段とあまり変化の見れない、けれど仲間から見れば微笑んでいるのだと解る表情で見送った。
そして。
「………さっむ」
開け放たれた庭へと続くガラス戸から秋のひんやりとした空気が入ってきて、当麻はソファの上で膝を抱えた。
「寒いと言うのなら着替えてから降りてくれば良かっただろう」
「着替えるのに一旦裸んなるのも寒いから嫌だ」
「もー、ホント、キミってば寒がりだよね。靴下くらい履けばいいのに」
「普段起きてる時間より30分ほど早いから、体温が上がってないのかも知れないわね」
チクチクと正論を突きつけてくる兄2人と違い、姉は優しく末弟の快挙(?)を褒めつつ(??)、夜になると使っている自分のひざ掛けを彼の肩にかけてやった。
「ありがと、ナスティ」
「いいのよ。折角の三連休の初日に風邪を引いたんじゃ勿体無いもの」
でも二度寝はしちゃ駄目よ?とやっぱり微笑んだまま言い残して彼女はガラス戸を締めてからキッチンへと戻っていった。
伸も朝食の準備を手伝おうとその後を追う。
完全にキッチンに入りきる前に、二度寝は禁止だからね、と念押しをして。
当麻はそれに解ってるよと言おうとしたが、彼らが消えた方向からいい匂いがしてきて言葉を飲み込んだ。
伸とナスティの作る料理はこの上なく美味しいのだが、今朝は格段、美味しそうな匂いがしてきている。
余程の自信作なのだろう。確かに二度寝などして出来たてを逃すのは惜しすぎる。
このままでいけば食卓に並ぶのは恐らくあと30分もしない。さっき出て行った遼と秀に、あまり遠くへ行くなとナスティも言っていた事だし。
よし、頑張って起きていよう。
そう思った当麻だが、さっき肩にかけてもらったひざ掛けが心地よく温かい。
姉と慕う女性の、柔らかで温かい雰囲気がそのまま生地に染みこんだかのようだ。
これはマズイぞ、と意識を冷えたままの足先に集中させる。
が、その足先を征士の大きくて温かい手が包み込んだ。
「……!?せ、征士!?」
「本当に冷たいな」
驚いている当麻をよそに、征士は真剣そのものの表情で足を掌や、時には手の甲で温度を確かめつつ温めてくる。
「っちょ、ちょっと!いいって!何だよお前!」
寒くないようにと抱えた膝はそのままに、拒絶の言葉を添えて足先だけを動かしてどうにか征士から逃れようとするが、
征士自身は何が悪いのか全く解っていない顔のままだ。
「筋肉量や内臓の仕組みからして女に冷え性が多いのは解るが、男のお前が冷え性とはどういう事だ」
「そういう話はどうでもいいから、ヤメろよ!放せって!」
「何を言うか。足にはツボが沢山あるのだ。そこが冷えていては内臓機能が衰え、虚弱へと繋がるのだぞ」
お前、ツボとかそういうの詳しかったっけ!?と半ば悲鳴のように喚いている途中で征士が当麻の足首を掴んでぐいっと高く上げ、
自分の方に捻るようにすると当麻の体は簡単にソファに倒されてしまう。
何するんだよ!と言おうとしたのだがやはりそれは言えず、その代わりに。
「い、……っタタタタッタタ!イタイ!痛いって!痛い、…いっ!!!!」
土踏まずの辺りを征士の節ばった指がグイグイと揉むように押し、その度に当麻は悲鳴を上げた。
これだけ騒いでいても、キッチンにいる2人は出てこない。
料理に集中しているのでなければ末弟を見捨てているのでもなく、共に暮らして半年にもなるとこういう光景に慣れてしまっただけだ。
気を許した仲間には子供っぽい表情を見せる末弟と、そして同じく気を許した仲間にしか触れない潔癖症気味の次兄の触れ合いは、言わば
平和な光景の1つなのだ。
「あまり強くは押していないのに大袈裟な」
「っちが、おまえ、……イタ、ホント、い、ったいんだってば!!」
「優しくしているのにそれ程痛いと言うのなら、お前の内臓は相当痛んでいる事になるぞ」
「それでもいいから、もうホント、やめろって!!」
ええい脆弱な!と征士が言ったのと同時に庭へのガラス戸が再び開いて、遼と秀が出て行ったときと同じように元気よく声を上げて帰ってきた。
「ただいまー!」
「ただいま!なぁ、芋ない!?芋!!」
庭用にしているスニーカーは踵を潰して脱ぎ履きが楽なようにしてある。
それを脱ぎながらリビングに上がり込むなり秀はキッチンに向かって大きな声で芋はないかと聞いている。
その横で遼は、秀のものと同じく踵を潰して履いていた筈の靴紐が、どうやってそうなったかは解らないが複雑に絡んだらしくそれに苦戦していた。
「芋?芋って何でもいいの?」
スープマグが6つ乗ったトレイを手に伸がキッチンから出てきて聞き返すと、秀は興奮したまま首を横に振る。
「アレだよ、アレ、サツマイモ!」
「サツマイモ?何で。食べたかったのかい?」
「違うよ、焼き芋がしたいんだ」
今朝のメニューには使っていない事を言外に零しながら言えば、漸く靴が脱げた遼も秀と同じように興奮したまま会話に参加した。
「焼き芋って……」
その言葉に場が静かになる。
季節は確かに秋だ。芸術の秋、読書の秋と並んで食欲の秋もあげられる季節だ。
言葉が足らな過ぎるが、恐らく彼らが希望しているのは枯葉を集めての焼き芋だろう。
だが庭から見る限り、木々はまだ青い。紅葉しているものなんて少なくとも屋敷からは見えなかった。
山でもこうなのだから、紅葉を拝もうと思えばもっと北の方へ行かねばならないだろう。
無理だろ。
伸も、そして足を掴んだま止まっている征士も、足を掴まれたままソファに倒されている当麻も全く同じ感想を抱いた。
だが遼と秀はまだ興奮したままだ。
「あっちの方で見たんだよ!な、遼!」
「うん。あっちをさ、ずっと行った先に赤くなってる葉っぱがあったんだ」
そう言って2人揃って同じ方向を指差す。
その指に従って3人も視線を流したが、どうにも赤くなった木など見えない。
ただそちらの方向は一度上ってからの下り坂になっていて、少し向こうの様子は伺えないのだが、どちらにしても。
「赤くなった木があるだけでは無理だろう。枯葉になって木から落ちた、乾燥したものでなければ火の着きが悪いぞ」
征士が言う。
「それにお前、焚き火って環境にあんまり良くないんだぞ。知ってるか?ダイオキシン。ゴミ焼却の事で段々問題になってきてるんだぞ」
当麻も言う。
2人とも体勢は変わっていない。
「そもそも赤くなった木って、赤い葉っぱが何枚ついてたの?」
伸が聞くと、それでも興奮して目を輝かせたままの2人は嬉しそうに、
「2枚!」
と答えた。
これに3人は深い溜息を吐いてしまう。
たった2枚でどうやって焼き芋を焼こうと言うのだろうか。
「お前ら、アホだろ」
「んだよ!やりたくなったんだよ!」
「そうだよ、美味しいぞ焚き火でやる焼き芋」
「そういう問題じゃないよ、全く…」
「せめてもう少し季節を待て」
「待てないって!庭で焚き火して芋突っ込んで焼いて、それでソレ食うの、絶対楽しいって!今やりてー!せめて昼にはやりてー!」
「楽しいと言っても落ち葉がないのではどうしようもないだろう」
「サツマイモ、ないのか?」
「いや、芋はあるけどさ…」
「なー、当麻、とーまぁ、お前天空じゃん。どうにかなんねぇ?」
「どうにかってどうやれって言うんだよ」
「季節をこう、進めるとか…」
「そりゃ異常気象であって俺の管轄外じゃないか。無理無理。て言うか鎧の力をそんな事に使おうとすんな」
「っえー…」
テンションに物を言わせて喚いていた2人もここでやっと現実を見たようで、ちょっと可哀想になるほど肩を落としてまだ食事の並びきっていない食卓に着いた。
「やれなくはないわよ、焼き芋」
そこで天使のような声が響いた。
ホットサンドを乗せた大皿を持ったナスティである。
5人の少年の遣り取りはキッチンにもちゃんと聞こえていただろうに今まで何も言わずにたのは、彼らの会話を楽しんでいたからだ。
「でもナスティ、落ち葉ないんだよ?」
スープマグをそれぞれの席に置きながら伸が聞くと、ナスティは大丈夫と言わんばかりに笑った。
「あなたたち、いつも見てるのに気付かないのね。それとも見慣れすぎて忘れてるのかしら?」
そう言ってリビングの隅に視線を向けた彼女に倣って、伸がそっちを見る。遼と秀も椅子の背凭れに手をかけて振り返った。
そこには、ソファに押し倒された当麻と、その彼の足首を掴んでいる征士がいる。
「……………そういやアイツら、何やってんの?」
妙に冷めた秀の声に、ナスティがもう少し向こうよと苦笑いしながら答えた。
その声に従って征士と当麻も自分たちの奥を向く。
「あ」
遼の嬉しそうな声。
「そっか、暖炉だ」
さっきまでは現実的な意見を出していた伸の声も弾んだ。
「ちょっとまだ季節としては早いけど、暖炉を使えば焼き芋、出来るわよ」
それを聞いて表情がパッと明るくなったのは5人同時だったのに、ナスティはまた笑った。
「サツマイモ、何本ある?」
「えーっと…何本あったかな」
「確か8本あった気がするわ」
「なー、もちょっと買い足しした方がよくね?」
「充分だろう。お前は一体何本食べるつもりだ」
「1人2本食うなら12本要るだろ」
「何しれっと言ってんのさ。1人1本で充分だよ」
「え、だって旨いんだぜ!?」
「うん、確かに旨いけど…俺は流石に無理かな、2本は」
「私もだ」
「そうね」
「えー!おい、とーま!お前、2本食うよな!?」
「食べるかも」
「じゃあちょうどいいじゃない。あなた達が2本で、私達が1本ずつ。これなら8本でちょうどですもの」
「そもそもさぁ、食べてる最中に他で食べる話をよく出来るね。聞いてるだけでお腹一杯になりそうだよ」
「あ、じゃあ伸のそのサラダちょうだい」
「何だ、珍しいな当麻。お前がサラダを欲しがるなんて」
「このドレッシング、すごい美味しかった」
「あ、解る!?これね、自信作だったんだ!!幾らでもあげるよ、当麻!」
珍しく解りやすいほどに喜んだ伸に、みんなが一斉に笑う。
一頻り笑った後で、じゃあ一服したら暖炉の掃除と薪割りよ、と姉が言うと、5人の弟たちは元気よく返事をした。
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3時のオヤツに焼き芋を食べる予定で動くと、気温の上がり始める頃に肉体労働、気温が最も上がっている時間に暖炉をつける事になり、
全員薄着で暖炉前に待機する事になると思います。それもまた楽し、です。
当麻のお誕生日という日時設定ではないのですが、誕生日オメデトウ!当麻!