ルームメイト



「なぁ、他の奴らって何喋ってんだろうな」


と秀が自分のベッドに寝転がったまま言うと、こちらも同じく自分のベッドに横たわったまま、秀の方を見向きもしないままの伸が、


「さぁ?特に喋らないんじゃない?」


と答えた。

柳生邸での部屋割りは伸と秀が同室で、その向かいの部屋は征士と当麻が2人で使っている。
廊下の突き当りを右に曲がればナスティの部屋があり、その突き当りを逆に、つまり左に曲がると遼の部屋があった。

征士と当麻はそこまでお喋りな性質ではないし、遼は1人で部屋を使っている。
それを考えると眠りに就くまでの間もあーだこーだと他愛のない会話をしているのは伸と秀の部屋だけだろう。
だからと言ってそれが何だと言われると、別に何もありはしない。
いつも通りの秀の思いつきだ。それだけの話だった。


が、この話は翌日、朝食の席でも持ち出された。

1日だけ部屋替えしてみねぇ?と。

秀のその提案に征士は何故今更という顔をして、遼はその意味が理解できないという顔をした。
当麻はまだ寝惚けていたらしく全く話を聞いていなかったが、征士から説明を受けると、面倒臭ぇ、と遠慮なく顔を顰めて秀に頬を抓られていた。
正直、伸も面倒だとは思った。
たった1日だけとはいえ、誰かの使っていたシーツにそのまま寝るのはあまり良しとはできない。それが譬え、命を預けあった仲間のものであろうとも。
だから若し実現するのならばまずシーツを一斉に洗濯しておきたい。その為には晴れていてもらわなければならない。

そう、例えば今日のように。

シーツの事は理由に出来ないと解った伸は何かないかとちょっと考えた。
別に誰と同室になっても構わないが、やはり慣れた空気と言うものはある。
戦いの最中から同じ高校に通う今日に至るまで、秀が進学するまでは確かに伸は1人部屋だったが、それでも同室の相手は秀だけだった。
それを替えるというのは確かに楽しみではあるが、落ち着いて眠れるかどうか保障が無い。
それは征士も、そして当麻も同じようだった。遼だけは誰かと同じ部屋になる可能性にどこか浮かれているように見えて、それを思えば
彼だけが最初から1人部屋というのも不公平かと思い直すのだが、面倒だという気持ちを動かすにはどこか力が足りなかった。

ごめんね、遼。

そう思ったのだが。


「あら、楽しそうね」


と、ナスティが言ってしまった。
当然、彼女は今回の部屋替えには参加しない。
幾ら姉同然、弟同然の関係でも微妙な年齢の男女が部屋を共にするというのは少し気まずい。

さあ兎に角、屋敷の主が乗り気になってしまった。
言いだしっぺの秀は言わずもがな。それに遼だ。
対するのはあれこれと気にしている伸と、今更だという征士、そしていちいち寝床を変えるのが面倒だと言う当麻の3人。
当麻については、彼は硬い床でも一度寝てしまえば何も気にしない、「住めば都」ならぬ「寝れば都」という人間だったが、
まぁ何にしても面倒なものは面倒なのだろう。
好奇心の塊の割に受け入れるまでの時間に激しいムラのある彼は、どうやら今回はすんなり飲み込めないようだ。







「…何をしているんだ」


風呂から上がって自室に戻った征士は思わず顔を顰めた。


「あ、ごめん。つい癖で…」


ソレを見咎められて謝ったのは伸だった。


結局部屋替えは行われる事になった。
良いじゃないたまには、と言って微笑む姉を説得する材料を、反対派の彼らは持ち合わせていなかったのだ。

実際に替えてみると確かにどこか心が浮かれてくる。
秀は遼の部屋へ行き、伸と秀の部屋に当麻と遼が入った。
伸が当麻のベッドへ入って、征士だけが移動しないままなのだが、その征士のシーツを何故か伸が捲っている。


「癖とは何だ、癖とは」


妙な癖だと眉間に皺を寄せて言う征士に、伸は恥ずかしくなる。と同時に、妙だってキミに言われたくは無いとこっそり毒づいた。


「いやね、秀がさ、時々コッソリお菓子を持ち込むもんだから、チェックしてるんだよね」


でなければシーツに食べかすがボロボロと落ちている事になる。
翌日の天気が晴天ならばすぐに洗えるが、毎回そうとは限らない。天気の良くない日が続けば、それだけ秀のシーツは汚れたままになる。
自分がそこで眠るわけではないが気になるものは気になるのだ。
だからそれを少しでも予防するために、伸は秀の居ない間にベッドのチェックを行っているのだが、その習慣がつい、今夜も出てしまった。


「私はそんな真似はせん」

「解ってるよ。だからつい癖が出たって言ってるじゃない」


呆れた様子の征士に言われ、伸は益々恥ずかしくなってくる。
秀相手なら何かで恥ずかしい思いをしても互いに茶化して、そして気持ちは込めて、だが重くは無い態度で謝罪をすれば済むのだが、
征士相手ではその感情をどう逃がしていいのか解らない。

居心地が悪いな。そう思った伸は、そろりと普段当麻が使っているベッドに入った。
洗った筈のシーツは微かに甘い匂いがしている。
お菓子や砂糖の匂いではないのだが、どこか甘いと感じるその匂いは恐らく彼の体臭なのだろうと思いながら、シーツをぐいっと引っ張って
自分に快適なように被った。

するとそこに征士の手が伸びてきて、シーツを丁寧にかけ直そうとしてくる。


「………え、なに?」

「……しまった」


私も癖が出た。
そう恥ずかしそうに征士が呟く。


「癖?」


癖って何?と今度は伸が尋ねると、僅かな沈黙を作ってから征士が珍しく恥ずかしそうに小さく答える。

当麻はここの気温に慣れていないのに、いつも適当にシーツを被るから直してやらんと風邪を引くから…と。


「………つまり何、キミってばそんなに甲斐甲斐しく当麻の世話をしてあげてるわけ?」

「そういうワケではない。だが、あいつは風邪を引きやすいし、それを理由にサボろうとするだろう。それを少しでも防ぐためだ」


さっきの事もあってつい意地悪く伸が突付くと、征士もぶっきらぼうに答える。

やや、間ができる。
そしてお互いに同じタイミングで溜息を吐いた。


「損な性格だね」

「お互いにな」







「当麻、もう寝たか?」


浮かれた様子で遼が聞いてくる。
それを当麻は面倒臭そうに、けれど律儀に、うん、と短く返事をした。
するとその当麻の態度に全く気付かなかった遼は嬉しそうに、ベッドの上で大きく寝返りを打つ。
話しかけては来ないが明らかに自分のほうを向いている気配を感じて、当麻も同じように遼のほうを向いた。

本当は背を向けたかったのだが遼の場合、そういう態度に出るとそれを完全な拒絶と取るか、それか全く気にしないで話しかけてくるのだ。
空気が読めないのではなくて長い間1人で暮らしていたから、マイペースすぎる面がある。
それは当麻も人の事は言えないのだが、冗談の通じにくい遼相手にキツい事を言いたくは無いので、自らが譲歩する方向で諦めたらしい。


「なに?」

「え、何が?」

「寝たかどうか確かめたろ。何か話でもあんの?」


あるなら聞く。と言いたげな当麻の態度は裏を返せば、無ければ寝る、という事の表れだ。


「ううん、ない」


だがそれが通じる遼ではない。
無いは無いでも、それでも素直に当麻を寝かせてくれるわけはなく、クスクスと楽しそうに笑っている。


「何だよ」

「いや、だってさ。俺、誰かと寝るのって物凄く久々だから」

「…………そ」

「うん。だから何か楽しくって」

「へぇ」

「それにさ、当麻が寝てるのを見るのも久し振りだ」


いや、俺はしょっちゅう寝てるだろ。
そう思っても口にはしない。幾ら事実でもそれを口にすると、日頃から受けている長兄次兄の小言を素直に受け入れたようで悔しい。
代わりに、「そんなに珍しいモンでもないだろ」とぶっきらぼうに答えた。


「ううん、そうでもないよ」

「…はぁ?」

「当麻、戦いの最中はずっと起きてた」

「でも終わったあと、俺、丸1日以上寝てたじゃん」

「そうだけど、………アレは、何か当麻しんどそうだった」


一旦低くなった遼の声に、当麻も、ああ、と合点が行く。
要は、夜、ベッドで普通に眠っている自分を見るのが久し振りだと言いたいのだろう。
確かに戦いの最中はマトモに眠れなかったし、その後も疲労に耐え切れずに昏々と眠り続けただけだ。
改めて考えると、ベッドで普通に眠っている姿を征士以外に見せた事はあまりないなと気付く。


「だからさ、何か俺、嬉しくって」

「…あ、…そう」

「もう平和なんだなって思ったり、戦いが終わってもみんなでいれるんだなって思ったり…」


そういうの、ない?と言いたげな遼の声に、当麻も確かにと思う。
同室の征士相手だと他の仲間に比べて言葉にせずとも理解してくれる部分が多くなってきていて、改めてこういう会話をする機会はそう言えばない。
いつもなら適当に返事をしてもう眠いという態度を取りそうなものだが、何だか当麻もいつもと違うこの状況に、気持ちがいつものようには傾かない。


「……そうだな、俺も、……そう、思う、……かな」


素直にそれを言ってから、何だか照れくさくなって寝返りを打つと、また遼が「なぁ」と声をかけてきた。
今度こそ当麻の返事は「何だよ」と明らかに機嫌の悪い声になった。


「なんだよ、もう寝ようって。俺眠い」

「うん」

「いや、うんって………何」

「あのさ、」

「うん」

「俺、そっち行ってもいい?」

「…………はぁ!?」


驚いた当麻は勢いよく跳ね起きた。
そして暗がりの中で遼の表情を伺う。
最初は見えにくかったが段々目が慣れてくると、恥ずかしいような照れたような表情の大将が見えた。


「…何で?」

「だってさ、折角2人なんだし、こうやっていつもと違うのって楽しいから。……駄目、かな?」


そりゃ遼と自分なら、多少は狭くなるが同じベッドで眠れないこともない。
だけど。だからって。

そう思いはしたのだが。


「ヨダレ、垂らすなよ」


そう言って空けてくれたスペースに遼は枕を持って滑り込んだ。







「っさー!物心ついてからほぼ初めての1人部屋ですよ!」


秀はテンションも高く盛大に独り言を言った。

5人兄弟で、しかもすぐ下の弟とは1歳違いという秀は、1人部屋というものを物心ついてから経験したことがない。
寝る前にしても元気いっぱいの弟たちといつまでも喋っていたり、寝ていても誰かが寝言を言ったり鼾をかいたりと静かな夜という経験もない。


ナスティが作ってくれたクジを、遼がまた1人部屋になっては意味が無いからと彼以外の4人が引いた。
1と書かれたクジが2本。2と3はそれぞれ1本ずつ。それをまず4人が引いて、別で用意しておいた2と3のクジから1本を、後で遼が引いた。
その結果の部屋割りだ。
滅多とない経験に浮かれ、最初はお菓子を持ち込もうかと思ったが明日には元の部屋に戻るのだ。
流石にベッドにお菓子屑を零すわけには行かないなと、秀は自制した。

おお、俺ってばちゃんとしてるな。1人満足してベッドに寝転ぶ。

カチコチと、枕元で遼の目覚まし時計の針の音が鳴っている。
今まで意識した事はなかった自分の呼吸が聞こえる。
寝返りを打つと、シーツの擦れる音も妙に耳についた。


「…………………一人だ」


毎晩、いい加減に寝るよと伸に言われるまで喋っているが、今夜はその相手がいない。
寝言も鼾も、そして小言もないぜ!と浮かれたせいか、どうも興奮してしまったらしく中々寝付けそうにない。

もう一度、寝返りを打った。
今度は静かに。
それでもやはり、シーツの擦れる音は耳についた。


「…………りょ、遼ってば白炎も連れてっちまうんだもんなー。…あ、違うか、白炎は今夜、ナスティの部屋か」


そーかそーかと言っても、煩いと切り捨てる声は聞こえない。

伸と征士って何話してんのかな。アイツらあんまり喋らなさそうだもんな。
あ、どうしよう俺の悪口言ってたら。いや待て待て、そうなったら征士も絶対当麻の悪口言うよな。
……つーか悪口は言わねぇか、言うならお互い苦労するよねって話くらいか。
じゃあ遼と当麻は何喋ってんだろうな。
結構シリアスな話してそうだな。遼って考えすぎるトコあるもんな。それに当麻の奴、付き合ってやってるんかな。
アイツ、冷たいように見えて実はかなりイイ奴だもんな、面倒臭そうにしながら遼に付き合ってやるんだろうな。
あー俺も何か喋りてーな。
あ、それか歌でも歌っちゃおうっかな。
何歌おうっかな。


「あるーひ、もりのっなっか、………何に出会おうっかな。クマ?クマってでも怖ぇよな、無理だよな、おっかねぇ」


意味のない独り言を何度も繰り返す。

念願の一人部屋体験。
やってみたかった部屋替え。
憧れていた静かな夜。

でも、でも。







「で、なぁに。それでキミは結局自分の部屋に帰ったって言うのかい?」

「…………おう」

「部屋替えの言いだしっぺの癖に。…寂しくて、とか呆れちゃうね」

「………………返す言葉もねぇや…」

「あのさ、あの部屋のベッドは2つなんだよ?どうするつもりだったの?2人がとっくに寝てたらキミはどうやって寝るつもりだったの?」

「いや、そこまで考えてなくって……もう、何つーか、勢い?」

「全く……偶々、キミのベッドが空いてたからいいようなものの…」

「いや、良くはないだろう。何故お前たちは一緒に寝ていたのだ」

「遼が寝たいっつったからって言っただろうが」

「窮屈だろうに」

「確かにちょっと狭かったけど、苦しくはなかったよ」

「て言うか別に窮屈でも何でも、お前には何も迷惑かけてないんだからいいだろう。それをそんなブツブツと」

「何を言うか。寝汚いお前と一緒に寝たのでは遼が充分に眠れていない可能性が高いではないか」

「だから何で俺が悪いように言われるんだよ!遼のほうから言い出した事なんだってば!」


いつもの習慣で征士が当麻を起こしに行くと、何故か遼と当麻は同じベッドで眠り、残ったベッドには1人部屋になったはずの秀が眠っていた。
何か問題でもあったのかと彼らを起こして聞くと、どうという事も大した事もない理由で彼ら3人が集まっていた。
折角の部屋替えなのにと伸がそれに不平を漏らし、征士も呆れて説教臭くなって現在だ。


「まぁまぁ、いいじゃない。楽しかったんなら」


昨夜は同室になった白炎の首を撫で擦りながら、ナスティはまた笑っていた。
この面倒ごとの言いだしっぺの癖にと言う伸と、自分の寝汚さを自覚しろと小言を言う征士だが、本当はそういう事が言いたいのではない事を、
彼女はちゃんと見抜いていた。
集まっていたのは3人で、部屋割りを律儀に守っていたのは2人。
人数で言えばほぼ同数だし昨夜の事もたまたまの話しだが、それでも何だかその中に入れてもらえなかったようで、要するに単に拗ねているだけだ。

しっかりしていても彼らも子供だし、性格はそれぞれバラバラでも彼らはみんな仲間なのだ。
あの厳しい戦いの記憶もその時の彼らの姿も、記憶の中からまだまだ薄れはしないが歳相応、いや、それ以下のような姿が微笑ましい姉は、
終わりを見つけられずにグダグダと続く5人の遣り取りに、その終わりを用意してやる。


「じゃあ今夜はリビングにシーツを敷いて、みんなで寝るのはどうかしら?」




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5人の侍は、言われたその時は何だかんだと言いますが、夜には5人で寝ていると思います。