雪の日
折角の日曜日、秀によって顔に雪を乗せられて目が覚めた当麻は不機嫌をそのまま隠しもせず仏頂面で朝食を食べ、
しつこい程に外へと誘う秀の言葉に、行かない、と冷たい返事を繰り返していた。
その頑なさときたら、遼が一緒に食い下がっても首を縦に振らないほどだ。
「だいたい何でこのクソ寒い中、態々外に出てっかなきゃなんないんだよ」
入れてもらったホットミルクを手に、ぷいっと遼から顔を背ける。
彼の目を見てしまっては負けるというのは、当麻本人もよく解っていた。
どうも当麻は純粋無垢な目というのに弱いらしい。
だから年下という事も手伝って純には滅法甘いし、それにどこか幼い雰囲気を残す遼の願いには渋々でも最後は折れてしまう。
でも今回ばかりは駄目だ。
だって当麻は寒いのが大嫌いだ。(暑過ぎるのも大嫌いだけど)
幾ら外が一面真っ白で、山の中にある屋敷の為にそれがとても美しい光景だと言われても、寒い事に変わりはない。
「だって雪なんだぜ、とーま!」
秀がカップを持っていない方の腕を引っ張るが、その手は面倒臭そうに振り払われた。
邪険にはしてない辺り、何のかんので冷たくしきれない彼の性格が出ているのを伸は遠目に見つけ、こっそりと笑った。
「雪合戦とかさ、したいだろ?」
「したくねーよ、俺は」
遼の言葉にもつれない返事を返す。
「当麻、あなた、こんなに雪が積もってる景色って見た事がないんじゃないかしら?折角だから見るだけでも行ってらっしゃい」
微笑みながら促すナスティの手にはカメラが握られている。
随分前に行われた体育祭で、彼女は弟たち5人の写真を沢山撮っていたが、どうやらアレ以来、写真にハマっているらしい。
カメラマンになるという程のハマりかたではないが、それでも子供らしい彼らの表情を見つけるとすぐにカメラを持ち出してくる。
あの戦いの中で子供らしさなど足枷にしかならず、命を何度も懸けさせられ傷付いた彼らの、歳相応の姿を彼女はとても大事にしている。
「………ヤ、だよ」
だが写真を撮られることが苦手な当麻は、ソレを彼女の手に見つけると顔を顰めて拒んだ。
俺を撮らないなら考えないでもない。多分、交渉すればこう言うだろうけどナスティは遠く離れている彼の両親に、
はしゃぐ息子の姿を見せてやりたいと思っているためそんな交渉はしない。
「折角もう着替えてあるんだからいいじゃないか、少しくらい」
既に外に一度出た秀と遼と違い、これから初めて外に出る伸も、既に上着を着て手袋をしている。
顔に乗せられ、驚いて払われた雪はそのまま当麻の胸元に落ち、パジャマはビッショリと濡れてしまった為、彼にしては珍しく
既に私服に着替えている。
本来ならパジャマより断然暖かいのは解っていても、体温に温められたパジャマと、タンスから出したばかりの服では温度が違いすぎて、
着替える時に随分と嘆いていた当麻は、それも手伝って酷く不機嫌だ。
「当麻、腕」
いつの間にか後ろにいた征士に声をかけられ、振り向くこともなくその声に従いつつ当麻は拒否の言葉を止めない。
「みんな俺が寒がりって知ってるだろ?」
「当麻、反対の腕」
「風邪だって引きやすいし…」
「当麻、少し顎を上げろ」
「大体俺ぁ目覚めが悪かったんだ。寝直すから、みんなで遊んでればいいだろ?」
「当麻、手」
「雪だるま作ったら上から見るから、見えるトコにでも作ってくれよ」
「これで………ヨシ、っと」
「ぉわ…っ!!?」
突然頭に何かを被せられて驚く。
ソレが何か確かめようと手で触れたが感触がいつもと違う事にまた驚いた。
「…………あれ…?」
手袋だ。
気付けばグレーのマフラーもしっかり巻かれているし、寒さに耐えかねて先日買ったばかりの白いダウンジャケットも着せられている。
ならば頭にあるのはニット帽だろう。
いつの間に、とは思わない。そんなもの、すぐに解る。
「これで外に出る準備は出来たな。行くぞ」
もちろん、征士の仕業だ。
普段、寝惚けたままの自分の朝の身支度を手伝ってくれる征士の声につい従ってしまった悔しさと恥ずかしさに、彼の顔が赤くなる。
それを見て仲間がクスクスと笑った。
「ホラ、準備出来たんなら行くよ、当麻」
「とっとと来いよー!」
「まだ踏んでない雪があるから、そこ行こう」
口々にして3人はさっさと出て行ってしまった。
それに文句を言おうとしたが、
「ほら、カイロをポケットに入れていきなさい。ね?」
と、ナスティに駄目押しで微笑まれては、もうこれ以上逆らう事は出来ない。
代わりに、まんまと嵌めてくれた征士を睨みつけて渋々玄関へ向かう。
「ぅ…さっむ……!」
玄関を開けただけでヒヤリとした空気が入ってくる。
思わず当麻は両腕で自分の身体を抱き締めた。
「当麻、滑るなよ」
先に外に出た征士は、黒のダッフルコートに白いマフラーと、いつもの姿と何ら変わりがない。
それを見つめて当麻はまた顔を顰めた。
「……寒…」
「そうか?雪が積もっているからそれ程でもないだろう」
「お前が、だよ!」
「?私は寒くないが…」
東北生まれの征士にはこの程度の寒さも、雪も慣れっこだ。
普通に歩くのと同じような格好で、雪の中に普通に足を踏み入れていく。
「お前が平気でも俺が寒いんだよ!お前の見た目が寒いの!」
文句を言いながら当麻も後に続いた。
ぎゅむ。ぎゅむ。
踏みしめるたびに雪が鳴る。
僅かに沈む感触に当麻が面白みを見つけて夢中になり始めたのを見届けて、少し先で待っていた征士も歩き出す。
吐く息の白さに地元を思い出していた征士の思考を遮ったのは、当麻の悲鳴だった。
「…どうした…?」
振り返ると当麻が尻餅をついていた。
…滑ったらしい。
「何をしている」
「見たまんまだよ。滑ったの!…悪かったな、歩きなれてなくて」
「誰もそこまで言っていない。ホラ、立て」
差し出された手に素直に縋りつく。
自分が体重をかけてもビクともしない征士に、何となく腹が立った。
「…お前、人が歩いた跡を踏んだな」
「だって雪、滑りそうなんだ…」
「人が踏みしめて固くなった場所の方が滑ることもある」
「そうなんだ……初めて知った………って、うわ!」
「まぁ新雪でも歩き方によっては滑るものだがな」
「先に言えよ!」
文句を言ったが征士の支え無しで歩く事に既に恐怖を覚え始めている当麻は、彼の腕に縋ったまま離そうとしない。
その姿が妙に可笑しくて征士は笑ってしまう。
「………笑うなよ…チクショー」
「すまん、馬鹿にしたのではないのだが……ほら、歩き慣れるまで支えてやるから。…ゆっくりでいい、足を出せ」
「解ったよ…うわ……うわ…………ううー、怖ぇー…」
少し開けた場所に先に着いた3人は、雪だるまを作ろうと雪玉を必死に転がしていた。
ソコに悲鳴混じりの当麻の声が近づいてきて、顔を見合わせて笑った。
「アイツ、超ビビってんな」
「雪は初めてみたいだったしね」
「歩き方、知らないんだろうな」
後でコツを教えてやろうかな、と山育ちで慣れている遼が言う。
「雪だしコケたって怪我しないからいいんじゃない?」
コケたらコケたで”妖精”を教えてあげたらいいじゃない、と伸も笑っていた。
「お、来た来た」
征士の声も聞こえて、彼らが近くまで来たのに気付いた秀がそちらを見る。
木々の間から金の髪と、白いニット帽の下から覗く青い髪が見えた。
「っわー、わー、征士、手ぇ離すな、離すなよっ!」
「離さんから騒ぐな。……あぁ、ここに居たか」
向こうも此方に気付いて、征士が右手を軽く上げた。
当麻もヨレヨレと左手を上げる。
だが3人の目は彼らではなく、彼らの手元に注がれていた。
だって現れた2人ときたら仲良く手を繋ぎ、しかもその手から延びる腕を絡ませて更に身体まで寄せ合っているのだから。
腕を上げたことでまたバランスを崩した当麻を、咄嗟に征士が右腕で抱き込む。
コケる事を免れた当麻は安心したのか、身体から力を抜くとそのまま征士の胸元に顔を寄せた。
「……危ねー…サンキュー、征士」
「ああ」
2人と違い、3人は絶句した。
いつもの秀なら雪玉でも投げつけて、とっとと来い!とその妙に恥ずかしい空気を蹴散らしただろうし、
いつもの伸ならそれを冷ややかに見て、此処の敷地外でやったらホント怒るからね、とピシャリと言い放っただろう。
だけど何だかそういう気分になりきれない。
「…………何か、…きれー…」
遼の言葉が全てを表していた。
黒のコートを着て背筋を伸ばしている征士は雪の中にあっても凛々しく、当麻なんてモノトーンの配色の中に青い髪と目がまるで差し色のようで、
何だか2人揃っていると物凄く、何というか、綺麗、なのだ。
「…?どうした、みな固まって」
何故か黙ってしまった3人に気付いた征士の声に漸く我に返った秀が、妙に早くなった鼓動を隠すように手元にあった雪玉を何の考えもなしに投げつけた。
「あ、秀、それ…!」
「征士、当麻、避け…!!」
遼が驚き、伸が慌てて声を上げたが時既に遅し。
秀の投げつけた、雪だるまの胴体になる予定だったある程度の大きさの雪玉は2人に見事にヒットし、彼らは悲鳴を上げる間さえなく雪の上に倒れた。
「………………………秀…テメェ……」
低い声を出して当麻が身を起こした。
彼に酷い目に合わされるのは朝から2度目となる当麻の目が据わっている。
久々に見る当麻のそういう目に怯えた秀は、その下敷きになった征士が無言でいる事に更に顔を青ざめさせた。
「…………………」
「………」
雪を払って立ち上がった征士に座ったままの当麻が無言で雪玉を手渡す。
あ、と思った秀が逃げるより早く、征士はその雪玉を力一杯彼目掛けて投げつけた。
「貴様、物の程度を知れ!!そこに直れ、成敗してくれる!!!」
「よっしゃ征士、援護するぜ!」
「おわー!遼、伸、こっち援護して!!!」
「しょーがないねー」
「あはは、雪合戦だ!」
雪の中を駆け回り、全身に雪を纏わり付かせた彼らが屋敷へ帰れば、ナスティが温かいココアを入れて待っていてくれた。
それを仲良く5人並んで飲み、身体を温める。
「昼食べたらもう1回やろう」
「今度は耳当ても持ってった方がいいかもね。僕、耳冷たくて痛いよ」
「あと手袋も毛糸のものはやめた方がいいだろう。手が冷たくなって感覚がなくなってしまう」
「つーかチーム替えしよーぜ!当麻と征士のコンビ、卑怯だって!軍師と雪国育ちじゃねーか!」
「何言ってんだよ、その分お前らは3人だろうが」
寒いから嫌だと言っていた当麻もすっかり乗り気になっている。
さっきは朝食の片付けが残っていたため出遅れたが、昼からはカメラを持って出ようとナスティも思い始める。
「あ、ナスティも昼からやろう!すっごい面白かったから」
「…え?私も……?」
思わぬ遼の誘いにナスティが驚く。
5人の弟たちの顔を見渡せば、期待に満ちた目が向けられていた。
「………そうねぇ………じゃあちょっとだけ、参加しようかしら」
何だか楽しそうな彼らの雰囲気に誘われ、微笑みながら答えれば早速、軍師が声をかけてきた。
「じゃあナスティは俺らのチームね」
「お前らんトコ、いらねーだろ!2人で充分強ぇじゃねーか!」
「馬鹿を言え、公平にするならば3対3にするべきだ」
「でもキミら、手も早いんだもん、間に合わないって!だからナスティはこっち」
「そうそう!ナスティ、俺たちの方に入ってくれるよな!?」
言い合いを始める弟たちに、兎に角お昼ご飯が先よ、と笑いながら伝えれば、彼らは言い合いをやめて揃って返事を寄越す。
それに笑ったナスティは、昼ご飯の準備の前に自分の手袋とマフラーを準備しに部屋へ向かった。
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昼からはみんなで雪合戦です。
中に石を混ぜる子はいません。