食卓にて
「え、当麻、体育祭は高飛びで出ないのか?」
夕食時に体育祭で何の競技に出るのかという話になり、400m走と答えた当麻に遼が心底不思議そうな顔をした。
「何で俺がソレ出るんだよ」
「高飛びとかそうい跳躍系は得意じゃなかったかい?」
「出来ると、やりたいは、別」
だからといって走りたかったとは意外すぎて、ナスティなどは、あら…と頬に手を当て首を傾げている。
が、体育祭の実行委員である秀は何かに気付いたような顔で、当麻に箸先を向けた。
それに征士が渋い顔をしたが、注意されるより先に言ってやりたい事があるらしい。
「お前、ソレ、男子の出る競技で一番最初に終わるからだろ」
すかさずそう言えば、悪びれもせずに当麻は、バレたか、と言う。
全くもってやる気のない意見である。
「……呆れてものも言えない…」
「じゃあ言ってくれなくていいから」
可愛くない!と伸は当麻の頬を引っ張った。
「でもオレぁてっきり征士と当麻は二人三脚でも出るのかと思ってたな、クラスの推薦で」
伸は今度は、空いてる手で秀の頬も引っ張った。
余計な事を言うんじゃない、と睨みながら。
「何故推薦されたことを知っている」
クラスの(特に女子の)思惑など知りもしない征士が意外そうに聞き返す。
やっぱりか、と伸が肩を落とすと秀が、ホラ見ろ、という顔をしてくるので、渋々頬を戻してやった。
「伸ひゃん、俺も」
可愛くない当麻の頬は、思いっきり引っ張ってから放してやった。
「伸は何に出るんだ?」
前の流れを全く見ていないのか、遼は今度は伸に話を振る。
当麻とは別の意味で集団生活に慣れていない遼は、時々こうして話が軽く飛ぶ事がある。
けれど特に誰も注意はしない。
もう慣れてしまった。
「僕は1500m走」
言った途端、遼、秀、当麻の顔が盛大に歪んだ。
「わぁ……」
「マジかよ…」
「うへぇ…」
三者三様の声を出して。
征士だけは顔を歪めていない。…ように見えるが、よくよく注意深く見てみると微妙には歪んでいた。
声を出さないだけでどうやら彼も伸の出る競技に関しては、ご愁傷様、と言いたいらしい。
「何で……じゃんけん負けたのか?」
「いや、二択だったんだよね、もう」
「もう1つの競技は何だったの?」
「借りもの競争」
その伸の言葉に、今度は遼と秀と当麻、そして征士もがきょとんとした顔になる。
借りもの競争と1500m走を天秤にかけて選ぶものだろうか。1500m走を。
しかし不思議に思ってばかりもいられない。
何故なら。
「ちょ、オレ、ソレ出んだけど」
「え、俺もだ…」
「私もだぞ」
秀は面白半分で、遼は何となく、征士は二人三脚を当麻が嫌がった時点で残っていたの競技がソレだけだった為だ。
(400mもあったが、ソレは当麻がさっさと取ってしまった。こういう時ばかりちゃっかりしている)
借りもの競争といえば、どちらかと言うとコミカルな競技で、要はコースの途中にある紙に書かれているものを
客席、ないし自分達学生の席へ走りその指示された物を借りてゴールする、というだけの事のはずだ。
確かにいちいちその物を探さなければならないし、借りて、そしてまた持ち主に返すというのは手間と言えば手間だが、
そんな天秤にかけるようなものだろうか。
しかし不安にはなる。
ただ天秤にかけただけなら個人の好みで済ませられるが、何せその天秤にかけた相手が伸だ。
5人の中で一番のお兄さんである事を差し引いてもしっかり者の彼が、そこまで拒む競技となるとそれは深い意味を持ってくる。
何か、嫌な事が待っている競技に違いない。
3人はそう思った。
天秤だけではない。
よく見ると、ナスティの表情もどうもヨロシクない。
これはまさか…。
「なに。何かあんの?」
他人事の当麻はどこか嬉しそうに伸に尋ねている。
自分が関係のないチョットした不幸というのは、なかなかに楽しい事が多い。
「えぇ……ちょっと、面倒…なのかしら…ねぇ?」
歯切れ悪く言うナスティに、伸も苦笑を隠せない。
「あのね、まぁ…ネタバラシしてあげると、ソレ、僕、去年出たんだよ」
去年、伸以外はまだそれぞれの地元で中学に通っていた頃なので、その時の事を知っているのはソレを見に行ったナスティだけになる。
そのナスティが複雑な顔をして、競技に出た伸がもう2度と出たくないと思う、借りもの競争。
「何だってんだよ、たかが借り物競争だろ?すげー無理難題言ってくんのかよ」
「金鉱掘り当てて来い、とか?」
変に脅されて気分の悪い秀が言うと、完全に他人事の当麻が茶化してくる。
その頬を秀が引っ張った。
本日2度目のこの仕打ちに流石に当麻も、ヤメロって!と嫌がる。
そんな二人を無視して伸は口を開いた。
「そんなんじゃなくてさ。ホラ、”借り物”って書いてなかっただろ?その競技」
「?」
「”借りもの”、”もの”の部分が平仮名なんだよ」
「言われて見れば、確かに黒板にもそう書かれていたな…」
「借りてくるのはね、人なの」
「人ぉ?何だ、そんなんだったらまぁ考えられる範囲じゃないのか?」
面白く無さそうな当麻に、またナスティは苦笑いをした。
「人を借り物とするのは頂けない名前だな」
「征士、論点はソコじゃないって。…伸、人を借りてきて、それでゴールするだけじゃないのか?」
普段どこか抜けている遼に突っ込まれたのが少しばかりショックだったのか、征士の箸が止まった。
そのリアクションは礼の戦士として失礼ではないのかとは、今は誰も言わない。
それほどに伸の言う競技内容が気になって仕方がなかった。
「中身がねぇ……」
例えば、好きな人。
例えば、若作りしている人。
例えば、将来浮気しそうな人。
「…………借りにくい事この上ないチョイスだな…」
言う余裕があるのは、競技に出ない当麻だけだ。
3人は見事に固まっている。
伸が溜息と共に頷いた。
「そうだろう?でもまぁ、一応ジョークだからね、本気でそういう人って言ってるワケじゃないんだけど」
「だとしても選びにくいよな…」
まぁね、と苦笑。
「アレ?じゃあさ、伸。お前去年出たんなら、何を借りたんだ?」
そして浮かぶ疑問。
何故かナスティが今度は申し訳なさそうに笑った。
「僕が借りたのは、”綺麗なお姉さん”」
さっき挙げられた例に比べれば随分といい物を引いている。
しかもそれなら選ばれた相手も嬉々として出てきそうだ。
しかし先ほどからのナスティの様子も気になる。
当麻が視線だけでナスティに問うと、彼女はもったいぶらずにすぐに答えてくれた。
「私をね、選んでくれたんだけど……その、私、答えられなくて」
「答え?」
詳しく聞くと、こうだ。
まず借りる者の書かれた用紙のところまで走り、どれか1つの封筒を選ぶ。
次にその内容に沿った人物をつれてくる。
そしてゴール。
の、手前5mの地点にマイクがあるので連れて来られた人物は、自分が連れて来られた理由を答え、正解しない限りはゴール出来ない。
そういう競技だった。
「じゃ、ナスティは自分が”綺麗なお姉さん” って答えられなかったんだ…」
彼女らしいといえば、彼女らしい。
「もうね、笑うしかなかったよ…一番近くて、お母さん、だったもんね」
「あの時はごめんなさい、伸。あなたが1番早くマイクに辿り着いたのに私が足を引っ張って…」
「いやぁ…アレはもうあのマイクの部分がピークの競技みたいなモンだからさ……でも、流石に”家政婦”ってのには僕も絶句したけどさ」
この家に居る誰も、決してナスティの事をそうは思っていない。
寧ろ、その紙に書かれていた”綺麗なお姉さん”の方が先に浮かぶというのに、彼女はその答えに辿り着けなかったようだ。
「まぁ、去年の1番凄かったのは、”カツラ疑惑の人”ってのだよ。教頭が連れてこられててさぁ」
それには流石に全員噴出した。
「あと先輩から聞いた過去の強烈なのは、”好きな人”で連れて来られた女生徒が正解を聞いて泣いて拒否したってのもあるらしいよ」
聞く分には笑えるが、その場に居たら流石に笑うことが出来ない内容。
そう思うと中々に際どい競技なのかもしれない。
「………オレ、ソレ、出んの…?」
秀が不安そうだ。
「……なるべく、解りやすいのを引きたいなぁ…」
遼はもう弱気になっている。
「兎に角、出る事になった以上は、どうにかせねばならんな」
常にブレない男・征士だけは前向きに言った。
全く関係のない当麻はさっきから絶えず箸を動かしている。
「ま、せいぜい頑張ってね」
「チクショー!こうなったら、オレ、何が出ても腹立つから当麻持ってこ!」
「何で俺に八つ当たりするんだよ!俺は絶対に出てってやらないからな!」
「じゃあ俺も当麻にしよう」
「では私もそうしよう」
「何なんだよ、お前らは!」
「この競技の苦しさを味わわないのはキミだけだ。ここは3回とも借りられて頑張ってきな」
「当麻、私ちゃんと写真撮るからね」
「いらないって!ていうか競技前にそういう八百長じみた事考えんのやめろよ!」
「あー、オレ、そう考えたら何か楽しみになってきたぞ、借りもの競争」
「そうだね、僕も精一杯応援してあげるよ」
「当麻のお母様に送る写真が沢山撮れて嬉しいわ」
「お前が何回で正解に辿りつくか見物だな」
「ッテメーら…!」
6人で囲む食卓は毎日楽しい。
体育祭の日は何が何でも晴れて欲しいなぁなんて遼は思っているが、天空殿は大雨でも降れ!と悪態をついていた。
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遼以外の二人は多分、力ずくで当麻を担いでいきます。
遼は、頼み込めば渋々ですが自ら歩いてもらえます。