きみのこと
学校から帰宅した面々が柳生邸のリビングで寛いでいると、
「クラスの女子がよー」
と、いつものように何の前フリもなく秀が突然喋り出した。
遼はそれをさも当然のように聞く態勢に入ったが、伸が話の主語がないと窘め、
征士が続いて語尾を無駄に延ばすなとその口調を正す。
因みに当麻は寝ているので最初から聞いてはいない。
「大体ね、秀。キミ、人に話を聞いてもらうならまず、聞いてくれ、くらいいいなよ」
「い、いいじゃんか別に、そんな俺らの間で今更さー…」
「親しき仲にも礼儀あり、だ。きちんと常識と礼儀を弁えろ」
口煩い二大巨頭(当麻命名)に挟まれ秀には言い返す言葉がない。
否、言い返せない。
言い返せば倍以上にして返されるのだ。主に伸に。
それに征士は表情が乏しいので何だか無意味に怖い。
話を進めるきっかけを見つけられずに目を泳がせていると、遼が
「そんな事よりさ、秀、何だよ。気になる」
と助け舟(と言うより彼の場合単純に気になっているだけである)を出す。
そして秀は
「クラスの女子がよー」
と、結局二人から受けた指摘を一切聞いていないように同じ口調で話を切り出した。
秀が言うには放課後に掃除をしていた時に、クラスの女子に急に話を振られたらしい。
曰く、6組の羽柴君ってクールよね、と。
「………クール」
思わず伸が口に出す。
出した後にソファに寝転がっているその羽柴君を見る。
帰宅するなりそのまま寝転がろうとしたのを伸が咎めたのでブレザーだけは脱いである。
シャツは心地いい体勢を探っているうちにズボンから出た為、だらしがない。
しかもズボンの類を腰履きをするクセが彼にはあるため、パンツが出ていてこれまただらしがない。
顔だって緩みきっている。放っておけば涎でも垂らしそうだ。
「……こんなにだらしないのに?」
冷めた目と冷めた声で伸が言うと、秀も深く頷く。
「っだろー!?なのにさ、オレ、思わず顔顰めちまったみたいでさー!そしたら何て言われたと思う!?
秀くんにはそういうの、無縁だから解らないかな?って!余裕の顔で言われたんだぜ!?」
「えー、だって当麻だろ?」
「な?ちゃんと見たらさ、クールかどうかわかるじゃんなー?」
「そうだね、寝汚い、大飯喰らい、音痴…あと何だっけ」
「ナマケモノ」
「あぁそれから、カラスの行水、かぁ…」
「あ、垂れ目」
「ちょっと、垂れ目は別に何も悪いくないじゃないか」
指折り数え始める伸と秀。
今は寝ている人間に言いたい放題である。
けれど二人の顔にマイナスの感情は一切なく、どちらかと言うと和やかで。
要は、自分達の仲間が正しく評価されていないのが秀には居心地が悪かったらしい。
それを人一倍優しい伸は正確に読み取ったのだろう、その居心地の悪さを巧く処理できずに気持ち悪い思いをしている秀に同意して、
彼らの知る正しい”羽柴当麻”の評価を一緒に挙げていく。
遼だってその気持ちはぼんやりとではあるが解る。
が、彼はどちらかと言うと感情面では秀に近く、伸のように巧く気遣えずにただ苦笑を浮かべるだけだ。
しかし征士は。
「”可愛らしい”」
と、至極真顔で言って二人に参加した。
これには残る三人は目玉が飛び出るのではないかというほどに大きく目を開けて固まった。
「………は?」
「可愛らしい時があるだろう」
まだ真顔である。
全く理解の出来ない遼と秀は、伸の出方に任せようと彼を見た。
伸は……まだ固まっている。
「可愛くないか?」
曰く、満足に眠れた時の起きぬけだとか。
曰く、美味しいものを食べている時だとか。
曰く、本を夢中で読んでいる時だとか。
つらつらと挙げていく征士の顔には一切の冗談も、そして一切の色気もない。
ただあるのは、穏やかで優しい笑みのみ。
「それから今みたいに眠っている時もだな」
そう言って優しげな視線を一層深くして眠る当麻を見る。
「まるで犬や猫のようだ」
そして当麻が起きていたら「俺ぁペットかよ!」と掴みかかりそうな事をさらっと言う。
するとすかさずに遼が満面の笑みで続けたのだ。
「あ、わかる!」
「オレ、遼って大物って言うかやっぱちょっとズレてるなって思うときがあんのよ…」
「やぁ奇遇だね、僕もだよ…」
「あとさ、オレ、今までずーっと変わりモンの当麻と一緒の部屋で常識家の征士って色々大変だろうなーって思ってたけどさ…」
「ねー、アレはアレだよ、似たもの同士だったんだよ」
ボソボソと同室の二人は互いを見合う。
お互い、常識人で良かったね、と。
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末っ子に何のかんのでみんなが優しいと嬉しいなというそういう話です。
基本的に好きなのは征当です。今回は関係ないですけども。